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百年かけて成熟する人の和を目指して
2006年ごろだったと思うのですが、「森林再生のカギ」という書籍の出版計画がありました。結局その本は出版に至らなかったのですが、その中で自分は「公的制度」に関する章を担当していました。2000年から2004年あたりはずっと森林・林業関連の制度設計などを手がけていましたので。

制度論に関する章とは別に、終章の一部分も担当になっていて、その原稿がひょこっと出てきたので、ブログに掲載しておきます。

「共有の森ファンド」が山村においてどのような意味を持つ挑戦なのかを次に書くといいつつ長い間ブログを
ほったらかしにしていたんですが、その話に入る前にちょうどよい内容だと思ったものですから。


「100年かけて成熟する人の和」を目指して

1.天の時、地の利、人の和
大事を成し遂げるには、天の時、地の利、人の和の3つが揃わなければならないとよく言われる。森林再生という大事は、いつどのようにして誰によって成し遂げられるだろうか。今は向かい風も追い風もたくさん吹いている。追い風の勢いが増して天の時がもうちょっとで来るかもしれないが、それはかなり先のことかもしれない。
地の利は、どうだろうか。日本の地形は急峻で、そして森林の所有は小規模分散型で、他の先進国に対して優位になれる材料は少ないと一般に言われる。しかし、地形が複雑で急峻だからこそ、日本には美しい自然がある。森林の再生というのは、日本の美しさを再生させていくこととほぼ同義であると私は思っている。社会が成熟し人々が本物の豊かさを求める時がくれば、日本という国には地の利があるのではないだろうか。
人の和は、人がつくっていけるものだ。天の時が来たときに、それをものにすることができる人の和をつくっておくようにしなくてはならない。誰か一人が、大事を成し遂げるのではなく、おそらく様々な立場にありながら、森林再生という志を共有し想いがつながっている人たちによって、大事が成し遂げられるのだろう。森林再生を成し遂げるための人の和を、天の時が来たときのために、つくっていきたいと私は考えている。

2.森林再生システムと林業塾
速水さんが社長を務める(株)森林再生システムの設立に私も参加させてもらった。当時、新しい風がいろいろと吹き始め森林再生のための天の時が間近に来ているかもしれないという感覚が強くあった。だから、まず森林再生システムという会社を立ち上げて、時が来る前に動きがとれる体制を整えておくことにしたのであった。会社を作ってもそこに人がいないことには体制が整わないので、何もできない。しかし、森林再生という大仕事が、すぐにビジネスとして形になるわけでもない。そういう状態でつくった特殊な会社だった。林業に例えるのであれば、すぐに収穫して収入が得られるわけでもないのに、まず植林のための地ごしらえをしたようなものである。しかし、未来のために、それは必要なことであった。
地ごしらえができたら、次に苗木を植えるという作業だ。森林再生システムにとって、これから育て上げていく苗木は、全国各地から速水林業の森に集まってくる志ある若者たちであった。そのための仕掛けとして実施したのが、2004年にスタートした林業塾であった。

3.林業塾2004から林業塾2005
林業塾2004の企画・運営は、私が主担当者としてやらせてもらうことになった。私は、農学部林学科を卒業してから民間のシンクタンクに就職したが、林業についての知識はほとんど就職して仕事をやりながら得たものであった。会社でも森林や林業に関する仕事をしている先輩はいなかったので、仕事を通じて速水さんらと出会い、林業の現場に接し、ほとんど耳学問で林業に関する知識を習得した。だから、大学では林業に関する実践的な講義や実習はほとんどないということも良く分かっていたし、現場に接しながら学ぶことの大切さも経験的に分かってきていた。そんなわけで、林業塾のプログラムは、「自分が学生のときにこんな実習がもしあったらよかったのに・・」と思うような内容にした。実際、自分が学生のときに林業塾に参加していたら、社会人になってから手探りで何年もかけて勉強したこと要点は、ほぼ1週間で学生のうちに体系的に習得できただろう。
林業塾2004には、日本全国から森林に対して非常に意識の高い熱心な人たちが塾生として集まった。学生の他、若手の林業家、林野庁キャリアの若手、県の林業職の職員、企業OBなど、様々であった。期間中は、毎日フィールド研修と講義を繰り返し、夜は遅くまで参加者と講師が一緒になって飲みながら語り合った。
「林業塾に来て林業の未来に希望が持てるようになった。」という参加者の感想が多かった。先進的な林業経営を行う速水林業に触れたことや、熱心な講師陣の存在がそのように思わせた部分もあったようだ。しかし、「森林について想いを持つ仲間が林業塾でたくさんできたのが一番の収穫だった。」という感想も多く、そういう仲間ができたことによって、林業の将来が明るく感じられるようになった部分もかなりあっただろう。
林業塾の主催側であった私は、「林業の未来に希望が持てるようになった。」と言ってくれる若者たちの姿を通して、明るい林業の未来を見つけ出すことができた。さらにうれしかったのは、林業塾の卒業生の中から、森林組合などの林業関係の職場に就職した人が確認できているだけでも6人も出てきた。林業塾で刺激を受けただけでなく、実際に林業の現場に飛び込んで、これからの林業を担っていく決心をした人たちがそれだけでてきてくれたのである。
うまくいくかどうか半信半疑で始めたところもあったが、終わってからは林業塾を毎年継続していくことができれば、森林再生を実現していくための人の和が確実に広がっていくはずだと考えるようになっていた。
翌年は林業塾2005を開催した。2004と同様に、全国から精鋭が集まった。1年目の2004で、真剣に林業をなんとかしようとしている若者たちは全員来てしまっていて、2年目にはもう来ないかもしれないと思うほど、2004の参加者はすばらしかった。しかし、2005でも、またすばらしい参加者に恵まれた。まだまだ、日本の中には林業をなんとかしたいという想いを持つ人たちがいるのだということが分かり、それだけでもとてもうれしかった。林業塾2004年の卒業生で森林組合に就職した遠藤さんに講師の一人として来てもらった。他にも、顔を出しくれた卒業生が数人いた。林業塾2006、2007と回を重ねていくごとに、OBの層が厚くなっていくのがとても楽しみである。

林業塾ではそれなりの参加費をいただいているので、参加者の本気度は非常に高い。だからこそ参加者にとっても充実した時間になる。しかし、それで主催している森林再生システムの方で利益が出ている訳でもない。かなり膨大な人手がかかる事業だからだ。しかし、スタッフも手を抜くことをなく、海山町の林業関係者もほんとうに誠心誠意サポートしてくれる。理由は簡単で、林業のことを真剣に考えているやる気のある参加者を塾生として迎える時間をともにするということが、とてもうれしくて楽しいのだ。私自身そうなのだが、地元の林業関係者も速水林業のスタッフも、普段にも増して林業塾の期間中は元気になる感じがある。同じ方向を持つエネルギーが同じ場所に集まると、それが増幅されるようだ。

4.森林再生を支える人の和
林業塾はまだ2回しか開催していないのだが、収益がでなくても、十分に持続可能な事業だ。関係者が元気になるし、何よりも確実に森林再生を支える人の和がこれによって広がっていくからである。林業塾の卒業生たちが、林業関連の事業者として、また行政職員として、全国各地で活躍しながらも、横のつながりを維持し、それが毎年林業塾を重ねるごとに層が厚くなっていくということを創造すると、これからの大変楽しみである。
林業塾に来たときは、まだ小さな苗木だった若者たちも、全国でこれから大きく成長していくことだろう。これから、何度か森林再生のための天の時があるかもしれない。そのときに、速水林業でともに学んだ同志たちの人の和が、大事を成し遂げていくことに貢献してくれるのではないだろうか。

林業というのは、次世代のために森を育て残していくことを目指すという仕事だ。次世代に引継いでいくという楽しみと夢が、林業にはある。この時間の長さこそが、林業の魅力だと思う。
林業塾を通じて人を育て、人の和を広げていくということも、長い時間をかけて地道にやり続けてこそ成果が出るものであり、だからこそ夢がある。次世代のために苗木を植え続けてきた先人のように、次世代のために人材の発掘と育成を地道に続けていきたい。
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